環境試料中ストロンチウム

環境試料中ストロンチウム-90分析用自動化システムの開発

野島健大1、藤田博喜1、永岡美佳1、大澤崇人1、横山裕也1、小野洋伸2
1原子力機構、2関東技研(株)


1.はじめに

東京電力株式会社福島第一原子力発電所(以下、「東電福島第一原発」と言う)事故により、環境中には様々な放射性核種が放出され、それらのうち、γ線放出核種であるセシウム-134(134Cs)、セシウム-137(137Cs)は多くの機関で測定され、その結果が報告されている1)。
一方、放射性ストロンチウムであるストロンチウム-90(90Sr)については、分析方法が複雑2)であり、分析時間もかかるため、その分析結果は放射性セシウムと比較すると、極めて少ない。このため、東電福島第一原発事故以降、迅速に環境試料中90Srを測定することを目的に、ダイナミックリアクションセル(DRC)を備えた高周波誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)とカラム分離・濃縮を組み合わせた分析-測定法の開発が行われた(3, 4)。しかし、分析への供試量の制限があることから、その検出下限値は数Bq/kg・乾土であり、環境レベルの90Sr濃度を測定するのは困難である。
そこで、本研究は、環境レベルの90Sr濃度を分析・測定することを目的に、放射能測定法シリーズに準拠した供試量及び分析方法(Table 1)で、ストロンチウムの単離までの分析作業の自動化を目的として実施した。1)湿式分解システム、2)自動化学分離システム、3)自動イオン交換システムの開発を行い、最終的には、環境試料(灰試料)の分析が行える自動化システムを開発した。

放射能測定法シリーズに準拠した供試量及び分析方法

2.システム概要

2.1.湿式分解システム

環境試料を湿式分解するために、Fig.1に示す工程を自動で行えるようなシステムを開発した。まず、システムの構成を設計し、単軸ロボット(ヤマハ発動機株式会社)と定量送液ポンプ(東京理化器械株式会社)等を組み合わせて、Fig.2に示すシステムを組み上げた。これらのシステムを制御するために、LabVIEW(ナショナルインスツルメンツ)を開発環境として制御プログラムを独自に開発した。電気炉で灰化した環境試料(葉菜、牛乳、精米、海藻、貝、魚類)をビーカに取り、それをホットプレート上に設置する。その後、このシステムにより、試薬の添加やホットプレートの加熱を自動で行い、試料が完全に分解され、白くなるまで、画像認識で判断しながら自動で試薬の添加と加熱を繰り返すようにした。本システムは、6件の試料を1度に分析できるように設計した。

2.2.自動化学分離システム

環境試料を湿式分解して溶液化した試料から、目的元素であるストロンチウムを単離するために、産業用ロボット(三菱電機株式会社)、器具供給システム(株式会社関東技研)等を組み合わせて、Fig.3に示すシステムを組み上げた。これらのシステムを制御するために、2.1.と同様に、LabVIEWを開発環境として制御プログラムを開発した。ここでは、1)pH調整、2)沈殿生成、3)沈殿熟成、4)ろ過、5)試薬(固体、液体)の投入を自動で行えるようにした。本システムでは、4件の試料を自動で分析できるように設計した。ただし、遠心分離、沈殿物の灰化処理は、本装置では実施できないため、作業者が分析することになった。

2.3.自動イオン交換システム

自動化学分離システムによりストロンチウムを単離した試料を精製するために、イオン交換カラムと送液ポンプ等を組み合わせて、Fig.4に示すシステムを組み上げた。これらのシステムを制御するために、2.1.及び2.2.と同様に、LabVIEWを開発環境として制御プログラムを開発した。ここでは、試料をイオン交換カラムに作業者が投入した後、洗浄液、溶離液を自動で液量の制御をしながら投入できるようにした。最終的には、溶離液のみを回収する。イオン交換カラム内の液量は、画像認識を行い、ポンプの運転・停止を調整できるようにした。本システムでは、4件の試料を自動でイオン交換できるように設計した。


3.開発結果

3.1.湿式分解システム

環境試料(葉菜(ホウレン草)、牛乳、精米、海藻(アラメ、ヒジキ)、貝(アワビ、ハマグリ)、魚類(シラス、カレイ))を105℃で乾燥した後、450℃で灰化して試料とした。これらの灰試料をそれぞれ10g分取し、本システムで湿式分解した。まず、試料に濃硝酸約20mlを少しずつ加えた後、ホットプレートの温度を200℃まで昇温した。次に、画像認識により濃硝酸が加熱により乾固する直前で、濃硝酸約20mlと過酸化水素水約15mlを加えた後、ホットプレートの温度を250℃まで昇温した。同様に、画像認識により試薬が乾固する直前で、濃硝酸と過酸化水素水を加えた。最終的には、試料が十分に湿式分解され、白色化するまで画像認識で自動制御して、試薬の投入と加熱を繰り返した。なお、本システムにおいて突沸が起こりにくい最適な加熱条件(ビーカー容量、液量および試料量)を見出し、その条件下で全ての実験を行った。
次に、灰化した様々な環境試料を20g分取し、本システムで1件毎に湿式分解をした。10gの供試量の場合と比較すると、試薬の投入と加熱回数は増えるものの、全ての試料を白色化できた。また、20gについても同時に6件の試料を本システムで処理したところ、突沸することなく、完全に湿式分解できた。
これらのことから、灰化した環境試料であれば、20gを同時に6件まで湿式分解できるシステムを開発することができた。
しかし、本システムの構成要素である単軸ロボットが耐薬品性でないため、使用に伴い錆が見られるようになってきた。硝酸を大量に使用するため、長期間に多数の試料を本システムで分析する場合には、耐薬品対策が必要という課題が残った。

3.2.自動化学分離システム

3.1.の湿式分解システムにより6M塩酸で溶解した試料をベルトコンベアー上に作業者が設置し、その後、自動化学分離システムにより、化学分析を行った。まず、試料を産業用ロボットと吸引ポンプを備えたろ過器により自動でろ過し、ろ液を回収した。ろ液に純水を加えた後、pH計の指示値を自動で確認しながら、pHが約10になるまで、水酸化ナトリウム溶液を加えた。その後、炭酸ナトリウム粉末を加えて撹拌しながら沈殿を生成し、ホットプレート上で熟成させた。熟成させた試料は作業者がシステムから取り出し、遠心分離をして沈殿のみを回収した。回収した沈殿は、作業者が塩酸を使用して溶解した。
溶解した試料は、再度、自動化学分離システム内に設置した。本システムにより、シュウ酸を試料に加え、先と同様にpH計の指示値を自動で確認しながら、アンモニア水を加えた。しかし、アンモニア水だけでpHを自動で調整するのは困難なため、一度、4.2以上にpHを調整した後、塩酸を使用してpHを4.0~4.2に調整するようにした。このpH調整でシュウ酸塩を生成した後、ホットプレート上で沈殿を熟成させ、自動でろ過をしてシュウ酸塩を回収した。回収したシュウ酸塩は、作業者が本システムから取り出し、るつぼに移して、電気炉内において600℃で3時間以上灰化した。灰化した試料は、作業者が6M塩酸で溶解した。
溶解した試料は、3.1.の湿式分解システムに設置し、ホットプレート上で蒸発乾固した。その後、作業者が試料を0.5M塩酸に溶解して自動化学分離システム内に設置し、本システムによりろ過をしてろ液のみを回収し、これをイオン交換用試料とした。
以上のことから、1)pH調整、2)沈殿生成、3)沈殿熟成、4)ろ過、5)試薬(固体、液体)の投入を自動で行えるシステムを開発することができた。
しかし、スペースの都合で、一度に4件の試料の処理しか行えないことや、化学分析のうち、遠心分離及び沈殿の灰化は自動で行えないという課題が残った。また、自動イオン交換システムで分析後の試料を化学分析するための器具等は設置できないため、本システムでは、ストロンチウムを単離するまでの化学分析しか行えないという欠点がある。

3.3.自動イオン交換システム

3.2.で化学分離した試料を、イオン交換カラム上の分液ロートに作業者が投入した。その後、自動で純水、酢酸アンモニウム-メタノール溶液で洗浄をした後、酢酸アンモニウム溶液によりストロンチウムのみを溶離して、回収した。試薬の過不足は画像認識で自動識別をし、試薬の投入液量を調整することができた。ただし、試薬の通液速度は制御できないためにイオン交換分離工程が自然落下速度でしか行えないので、イオン交換樹脂と試料溶液の状態により、分離時間の長くなる可能性がある。
溶離液は、鉄共沈法によりイットリウムを除去する必要はあるが、これ以降の分析工程については、作業者が実施した。

3.4.総合試験

分析対象試料はシラスとし、ストロンチウムを単離するまでの工程を自動で行い、そのストロンチウムの回収率を誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP-AES)で測定した。その結果、約70%の回収率を得ることができた。これは通常の分析作業者によるストロンチウム-90分析における安定ストロンチウムと同等の回収率であり、本システムを使用することで、ほぼ自動でストロンチウムを単離するための分析は行えることが分かった。


4.まとめ

本開発では、灰試料(農畜水産物)を対象に、90Sr分析工程のうち、工程Ⅰ:試料の湿式分解、工程Ⅱ:炭酸塩によるストロンチウムの分離、工程Ⅲ:シュウ酸塩による分離、工程Ⅳ:イオン交換による単離に係る工程をそれぞれ自動化することができた。最終的に、全分析工程の性能試験も行い、その性能が化学分析に必要となる回収率を得られることが分かった。
以上のことから、各分析工程間の移動や遠心分離及び沈殿の灰化は手作業になるものの、環境レベルの90Sr濃度を分析できる自動化システムを開発できた。しかし、イオン交換以降の化学分析や環境試料中90Sr濃度の測定は実施していないため、これらの点について、さらに検討していきたいと考えている。

謝辞

本開発は、「復興促進プログラム(マッチング促進)(JST復興促進センター)」の予算で実施したものである。

参考文献

1) 原子力規制委員会, 放射線モニタリング情報, http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/.

2) 原子力規制庁, 放射能測定法シリーズNo.2「放射性ストロンチウム分析法」.

3) M. Sakama., et al., Applied Radiation and Isotopes 81, 201–207 (2013).

4) Yoshitaka Takagai, et al., Analytical Methods 6, 355–362 (2014).

Development of automatic analysis system of Strontium-90 in environmental sample

Takehiro Nojima1, Hiroki Fujita1, Mika Nagaoka1, Takahito Osawa1, Hiroya Yokoyama1, Hironobu Ono2
1JAEA, 2Kantogiken

An automatic analysis system was developed to analyze 90Sr radioactivity in environmental sample. The analysis method was followed to the manual compiled by the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology. In this research, the procedure of the Sr analysis before milking procedure of 90Y was separated to three groups such as 1) wet dissolution, 2) chemical separation, and 3) ion exchange. Wet dissolution system was constructed with uniaxial robot, hotplate, reagent supply pump and monitor. Chemical separation system was constructed with industrial robot, hotplate, pH meter, filter device and reagent supply system. Ion exchange system was constructed with ion exchange column, reagent supply system and monitor. Three systems were controlled by an original program under the LabVIEW. Various kinds of ashed environmental samples were used in performance tests of the automatic system. These tests were successful without any system trouble. Finally, Sr recovery was about 70 % using whitebait, which was similar level to worker’s analysis.